恥ずかしい想いをしたくはない方、読んでみてください
ワタシの知り合いの中にもまだいらっしゃいますが
目には見えないもの、科学で証明されていないもの、スピリチュアルを否定する方は多いと思います。
ただ、その「否定」がのちに、自分を辱めることになるので、一旦中止してみてください。
時代を先どる科学や先進医療などにおいて、研究を続ける者たちは、
古代の哲学、宗教、般若心経などの見えない世界の影響を否定できないという事実にようやくたどり着きある現実があります。
脳科学の研究のヒントは神道にあるのではないか、と、神職の資格を取られた脳科学者N氏も印象的ではあります。
そして、そのスピリチュアルを受け入れた先に見えてくるものが、芸術・音楽なわけです。
そこにたどりつくかどうかは、それぞれの人生の学びによります。
結局のところ、芸術・音楽が素晴らしいと言いたいわけではなく、
人間は結局「元(はじめ)に戻る」ことを促されているわけですし、身体も含め、年を取れば、生まれた時の状態に戻ることを意味します。
芸術・音楽は元々、神や高次と言われるようなものの意図や想い、見えない世界のものを目に見える形で表現したいがために現れたものです。そして人間は、あとからそれらに意味づけをしてきたまでです。
だからこそ「感じ取る力」これが、今のワタシたちに必要なわけですね。
音楽を共にする仲間の中にもいました、「目に見えるものしか信じない」。
ただ、音楽を他人に向け発信する人物としては、ワタシは残念でならなかった。
目に見えないものを信じずして、どうやって音楽を届けることが可能なのか・・・それをずっと考えていたからでもあります。
簡単に言えば、非日常だったり、夢など、潜在的なものを表現する音楽をするにあたって、それらを否定する生き方をしている人が指導者であることが、これから世に出る子供たちにとってどのような影響があるのかと考えると、すごくさびしい気持ちにもなったのです。それを口にする必要はないこと、ただ、与えるときは、二面性をもつ(現実と非現実)という面で、否定してほしくはなかった。
ここでもう一つ言いたいことが、自分の信じていない分野や物事を否定することの危険性。
今の時代、いろんな情報があり、何を信じるかも自由な時代となり、そのような中において、不必要に物事を否定的に見て発信すること。
それは、敵を作る行為となります。自分を表現するという意味とはかけ離れています。
嫉妬妬み恨み辛みの原因にもなっていくでしょう。
地球上で共存することが、人間の使命でもあります。
なるべく良きせぬ災いを受けないよう、賢く生きる必要があるとも考えます。
今一度、自分の身口意を見直してみてはいかがでしょうか🍀
