タグ: 音楽

  • 流れの中に人は美しさを観る

    人は流れの中で生きています。

    運命という流れ、時の流れ、空間にも流れは存在している。

    川の流れに心は浄化を見、

    海の流れに穏やかさを感じ心を満たされ、

    息(呼吸)かて意識しなくとも穏やかな流れの中にある時に

    心の平穏を体験することとなる。

    ピアノの指導をする中で、ある程度のレベルに達すると、「音楽を作る」という意識を持たせたレッスンを行います。

    「音楽を作る」という作業において、ワタシは「呼吸、息の流れ」を重要視しています。

    難曲になるにつれ、音を読むこと、間違えないこと、指使い、腕の使い方、身体の使い方にも注意がいきはじめ、どうしても呼吸が止まった弾き方をすることが増えます。練習の段階では仕方のないことですが、同じ場所で何度もつまずき、苦戦する生徒さんに向け伝えることは、

    「息してー!!」なのですね。

    息を流して、呼吸を忘れないように、それを伝えます。

    すると、大抵みな、笑顔になり、笑ってくれるのです。

    その後、深呼吸を行い、「次はワタシが隣で歌うから、一緒に演奏しよう」そのように持っていきます。

    すると、1音のミスを気にすることなく、音楽を感じ、ワタシの歌に合わせるかのように、笑顔で弾き続けてくれるのです。中には、つまずくばかりの場所をあっさりと弾きこなす人も。

    音のミスはないことにこしたことはありませんが、「音楽を作る」作業において、楽譜という2次元のものを、聞こえる状態にする3次元を超え、空間や時間を含む、立体的でもあり4次元以上の心地よいものにしていくことを目的としています。

    それはプロを育てることを目標としていない、ワタシだからこそ出来る、まずは「音楽を作る、流れを知り、見る、豊かな音楽は流れの中に存在する」ことを体験していただく機会となっています。

    元々音楽を教えたいと思った理由が

    「音楽をもっと身近に、大勢に聴かせるための音楽ではなく、大切な誰かのために気持ちを伝える手段としても使える楽器、音楽と触れ合ってほしい」でした。そのため、ワタシのせいで音楽を嫌いになってほしくない、そのような想いが大きい時期もあり不安もありました。ですが、他所の教室からの転入してきた生徒さんから、お試しレッスン後に「楽しかった」そう笑顔で感想をいただけたことが、ワタシの自信につながったことを覚えています。

    そして、その生徒さん自体は、耳が良いため、楽譜を見ることなく、スマートに弾いてくださった初めのレッスンもよく覚えています。今では、「楽譜は宝」と言わんばかりに、しっかり確認しながら弾くことができています。楽譜の意味が分かると、すごくうれしかったりもするのですよ。

    難しいのです、自己表現のための音楽をすることを目的にしながらも、楽譜に忠実に、も教える必要がある。音楽とは本当に奥が深いものなのです。

    そして、楽譜には、実は「呼吸の流れ、言葉(フレーズ)という流れ」のヒントも沢山あるわけです。それは作曲者の伝えたいこと。

    奏者自身の伝えたいこともあるかもしれませんが、作曲者の想いを無視するわけにもいかないわけです。でもそれは、「流れ」を意識することで、近づくことができると思っています。

    メロディーだけでなく、伴奏部分にも必ず意図や流れがあります。

    さらに奏者がその流れを理解し、そこに自らの呼吸の流れを吹き込むことにより、音楽が生きたものとなってくるように感じます。

    中でも「歌」はそれがよく現れるものに感じます。

    体という楽器を使い、息を流し、声帯を鳴らし活かし、身体で調整しながら発するものでありますから、ワタシのように変に感度の高い者が聴くと、生(生きた音楽)を感じるかどうかは一目瞭然。流れがないと(息の流れのない音だけで大きさだけで勝負の演奏をされると)ワタシ自身も苦しくなってくるほどです。

    このあと、ワタシが1番大切にしている、呼吸(歌うとき、話すとき)の仕方について書いていきたいと思っています。

    ただ、その前にどうしても「流れ」について知ってもらいたいなと思ったので、今日は語らせていただきました。

    流れにのれば、すべてうまく行くのかもしれない

    これが、ワタシがblogの中で大切に伝え続けたいことなのかな、とも感じ始めたわけです。

    ご参考になれば幸いです🍀

  • 本響学とは

    これから始まる「本響学」について、元となったものをまとめてみた。

    本響学(ほんきょうがく)とは、人の本来の響きを聴き、その人自身が自らの人生を調律していくための学びである。

    私たちは普段、言葉や思考によって自分や他者を理解しようとする。しかし実際には、言葉になるより前に身体は何かを感じ取り、心はすでに反応している。

    「なんとなく気になる」「理由はわからないが惹かれる」「違和感がある」「この道だと感じる」

    こうした感覚は単なる思いつきではない。

    人間には五感で得た情報が意識に上がる以前に、身体全体で世界を感じ取る力が備わっている。

    本響学では、この感覚を大切にしていく。

    響きは言葉よりも先に存在する

    赤ちゃんは言葉を知らなくても母親の声に安心する。

    音楽は意味や内容や作られた背景が分からなくても涙を誘う。

    人は理屈より先に、響きによって世界とつながっている。

    響きとは、音だけを言うものではない。

    「声の調子」「呼吸のリズム」「心の動き」「身体の感覚」「その人が放つ雰囲気や在り方」

    それらすべてが「響き」である。

    本響学はこの「響き」を読み解き、本来の自分とのつながりを回復するための学問である。

    占いは未来を当てるためのものではない

    本響学において占いは未来予測の技術ではない。

    占いとは

    今の自分の響きを映し出し、自らの覚悟を確認するための鏡である。

    未来は決まっているものではなく、選択により変化する。

    そのため本響学では

    「どうなるか」よりも「どう在りたいか」を大切にするために用いることとする。

    それは可能性を知ること。

    本響学の中での可能性とは、一つを断定することではなく、あくまで選択し、方向性を決めていくためにある情報として扱う。

    音楽は本来の自分へ還る道である

    本響学においての音楽との向き合い方について記す。

    音楽を学ぶということは、上手くなるためだけのものではない。

    音楽は、自分自身の響きを思い出すための道具として扱わせていただく。

    「歌うこと」「聴くこと」「奏でること」

    その体験を通して、人は自分の心や身体と再びつながることができる。

    本響学における音楽は、技術習得のためではなく、自己回復や自己理解のための営みである。

    カウンセリングは響きを共に聴くこと

    本響学における対話は、問題を解決するためだけのものではない。

    相手の言葉を分析するのではなく、その奥にある響きを共に聴く。

    「言葉にならない想い」「本人も気づいていない願い」「身体が知っている真実」

    それらに耳を澄ませていくことで、その人自身が答えを見つけていく。

    そのため、本響学におけるカウンセリングとは

    悩み、迷い、苦しみの中にある人のためだけに存在するわけではなく、

    「よりよく生きたいと思う方」「新しい自分と出会いたいと思う方」「今の自分に違和感を感じるような方」

    そのような人にも触れていただきたいものである。

    本響学の目的

    本響学の目的とは、人を変えることではない。

    本来の「響き」を思い出すことである。

    誰もが生まれながらに持っている固有の響きがある。

    それを知り、意識することで、可能性は無限に存在することを体感していただくためにある。

    人生の中で傷つき、迷い、他者に合わせるうちに

    その響きは聞こえにくくなる。しかし、消えることはない。

    今どのような状態にあろうとも、否定に値する状態ではないことを理解していただく。

    可能性に気づくために「今この状態」である必要があっただけ。

    本響学は、

    占術によって心を映し出し、

    対話によって気づきを深め、

    音楽によって響きを整え、

    その人が自分自身の人生を生きる力を取り戻すことを目指しています。

    つまり、

    本響学とは、

    言葉になる前の響きに耳を澄まし、本来の自分と再び出会うための学びである。