なぜ本響学を始めるのか

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「人は何故、音や縁や出来事を身体で感じるのか」

この問いについて深堀していきたかったため、本響学というものを始めることにしました。

そこには様々な出来事や経験が重なったことがきっかけであります。

一番の理由は、

自分が音楽を続けてきたこと。

音楽を指導してきたこと。

演奏をしてきたこと。

そこから、耳が育ち、勘が育ち、直感が育ち「なぜだかわかる」その感覚を多く体験したこと。

人の演奏で苦しめられたこと。

素敵な演奏で心が動いたこと。

音色から奏者の想いや熱量、伝えたいこと、また

奏者が次のフレーズを忘れた時、間違えたときなどの「気持ち」が私の身体に乗り移ったかのように感じる時期があったこと・・・

まさに音楽で悩み、音楽で励まされ、音楽に支えられ、音楽で成長してきた自分自身の内面に気づいたことがきっかけではあります。


自分の感受性の強さに気づいたのは、音楽を始めて30年ほど経った頃。

他人にそれを指摘されようとも、演奏に必死だったころには自覚がなかった。

ある日、とても不思議な体験をした。

今までも何度も聴いたことのある曲。G線上のアリア。ヴァイオリンの演奏。

しかもその奏者は仕事仲間。その曲の練習中、その時。

「胸が開いた!!」それを体感し、その次に「頭が開いた!!」

言葉にすると大変難しいのだが、とりあえず

「身体が開いた」体感があったのだ。

この時まで、必死で子育てと家事と音楽以外の仕事もこなしてきた私にとって

音楽で癒された、音楽で自分に還る感覚を得たことは、生まれて初めてだったのだ。

そこから私は、まさに精神病のような症状に悩まされた。

自分の練習するべき曲が分かる・・・それは次に歌う曲。10曲に及んだ。

次に行くべき場所がある感覚・・・今の場所や仲間から離れる時が来たことを告げられる・・・いったい誰に・・・?

怖かった・・・せん妄かとも思ったし、統合失調症も疑った。

でもそのころちょうどコロナの頃、不要不急の外出は出来ない頃。

病院に行くこともできず、様子見にした。

その間も、音楽のことに限らず、様々な幻聴が始まる。

色んな情報が入ってくる。

ただ、1年後にすべて理由が分かることとなった。

幻聴はすべて現実となったのである。

そこから沖縄のユタや、近所にいる霊媒師の方の力を借り、乗り越えること7年。家系の問題と向き合い、信仰というものについても考え、自分なりの答えを見つけ、今に至る。


ここまで読んでいただいた方は、私のことをスピリチュアルに傾きすぎていると思われたことだろう。何かの信仰宗教者かと思われるかもしれない。決してそうではない。

ただ、その不安定な時代、

自分が他の何かや誰かを信じられたら、どれだけ楽になれるのだろう、と何度思ったことか。

すがることが出来るものを見つけられたら、誰かのせいに出来たら恐怖や不安がなくなるのだろうか・・・そのようなことを何度考えたことか。

そう、私は結局、自分自身しか信じることが出来ない性格は、

精神が不安定な状態にあっても、変わらなかったのです。

「答えは自分で出す事でしか、私は私らしく生きられない」そのことに気づいたと同時に、覚悟を決めました。

「この恥ずかしい自分も見せながら、この途中経過までもを残していくこと」を。

そして、支えてくれた家族がいたこと。家族でこのことを乗り越えたこと。感謝も同時に伝えていくこととなるでしょう。

~占術との出会い

元々知っていたタロット占い師の元へ、講座を受けに行ったことに始まります。

講座を受けるきっかけになったのはまさに「幻聴」

「よっちゃんの元へ行きなさい」

そう聞こえたことに始まります。

そこで大アルカナのみの鑑定方法を学びました。

そこで、自分には「読む力」があるのかもしれない、そう気づいたのです。

「ちょっと私の恋愛を見てよ」そう先生から言われたのです。

過去、現在、未来それぞれのカードを出したところで、

特定の相手が居ることに気づきました、それまではその情報は全くなかった。

でも、見えるし分かる、その感覚に自信を持ってよいのかもしれないと思った。

ただ、私は元々占いに興味のない人間、信じきれないまま、自分と向き合うために扱うこととしました。

そしてその時に思いつたこと。

「この今の自分の状況はどこから来ているのだろう。不安定な理由はもしかすると、本来の自分ではないからなのではないだろうか」

そう考えたわけです。

そこから、数秘術、宿曜占星術、四柱推命、算命学などにより自分の特性(可能性)を調べていったわけです。

元々の性格上、当たる、当たらないには興味はなかった。

ただ「当たっていない」と思うものについては、

「自分のまだ見ぬ可能性」ということにしておいた。

その中に、占い師やカウンセラー、セラピストというものもあり、

気づけばそのような仕事をすることとなっていたことに気づくこととなる。

そうなってくると・・・

「占いの結果を生きている自分」に嫌気がしてきたわけです。

自分であれだけ考えて、試行錯誤して、決めて生きているつもりが、

逃げられない宿命のようなものが存在していることに気づくわけである。

それと同時に、占術の中で出てくる「やらなければいけないこと」をしていないことが苦しむ原因となっていたのかもしれない、ということに気づいたのです。

そこから生まれたのが「音楽占心術」

こちらについては、またblogで発表していくこととする。


音楽と占術とカウンセリングの統合~

「人生調律師」として、これから活動を始めたいと思っているわけですが、

これ自体は

音楽と占術とカウンセリングを統合したものとして

これから発展させていきたい分野ではあります。

私がこの「人生調律師」としてやろうとしていることは

「なぜ今その悩みが起きているのか」を読み解き、「その人に必要な音(響き)」で心と身体を整え、「次の一歩」につなげていくこと。

魔法ではありませんし、呪術でもありません。現実なのです。

身体の特徴、音・心・魂それらを心理学、哲学、科学などの力もお借りし、整え進む方法を共に考えていくこと。伴奏者であります。

音楽、行動心理学、サイキックについて学んだことも活かしながら、探求を続けていきます。

もちろん、現実の生活を大切にしながら。それが一番大切なことだと思っております。

なぜ本響学として打ち出していきたいのかは、

今はまだ存在しない分野であり、

本来の自分の可能性を知るという自分癒しの結果が、自分以外の方にも通用することかもしれない、そう思ったから。

そして、私がそうできたように

他への依存ではなく、すでに自己治癒力を持っていることに気づいていくこと。

それは自立と自律を目指す生き方。

それは他を頼ってはいけない、というわけではなく、

他人や、見える・聞こえるといった情報は「答え」ではなく「ヒント」でしかない

そのことに気づいていただきたい想いから来ています。

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